KAFFEE PAUSE~コラム

ホ長調は愛の調性!?


 今回の結果を集計していて、不思議なことに気がついた。「ホ短調」が大人気ということだ。

 

  今回の交響曲ベスト10の中には、第1位となったチャイコフスキーの交響曲第5番のほか、第3位のブラームスの4番、第4位のラフマニノフの2番、そして第7位にドヴォルザークの新世界交響曲の4曲がエントリーした。4割はホ短調なのだ。

 

 そもそも古典派の時代にはホ短調という調性はあまり使用されなかった。例えば、ハイドンの104曲の交響曲中、ホ短調の作品は、「悲しみ」と呼ばれる第44番のみ。モーツァルトの41曲の交響曲中、そもそも短調の作品が大小のト短調2曲だけなのでゼロ。9曲書いたベートーヴェンもゼロ。

 

 「ホ短調」の名作交響曲が登場するのは、ハイドンから約100年後、ブラームスとドヴォルザークの名作を待たなければならなかった。

 

 ホ短調で書かれたこの4曲には、どこか似た雰囲気がある。「憧れ」と「あきらめ」が入り混じった、とても個人的な響きがする。ハイドンは、この作品の緩除楽章について、自らの葬儀で演奏してほしいと述べたと言われている。ブラームスの第4番も「諦念」が強くにじむし、新世界交響曲については、望郷の念が結晶化されていると言われている。

 

 つまり、ホ短調は、個人主義を標榜するロマン主義ならではの調性と言えるのではないだろうか。

 

 指揮者の飯守泰次郎氏は、ホ長調とホ短調を「内面性が強まっていく調性」で、「深い愛の調性」とするホ長調に対して、ホ短調は「愛が得られない」調性であるとしている(注)。「愛」と「憧れ」の亀裂がこの調性の本質であり、そのことが、現代の私たちに強く訴えるのかも知れない。

 

 私も個人的にホ長調は大好きな調性だ。ホ長調の作品と言えば、私ならブルックナーの交響曲第7番とワーグナーのジークフリート牧歌にとどめを刺す!両作品とも、聴いていても、弾いていても深い愛に包まれるような幸せを得られる素晴らしい作品。飯守氏が言う「深い愛の調性」という言葉がまさに的を得たものであることを実感することができる。

 

 そして、同じくらい好きなのが、「ホ」から半音下がった「変ホ長調」。変ホ長調には、古今、優れた作品が目白押しだ。筆者にとっては、モーツァルトの交響曲第39番、ベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》、ブルックナーの交響曲第4番《ロマンティック》の3曲。飯守氏は、変ホ長調について、「創造力・英雄の調」と評している。もちろん、ベートーヴェンの《英雄》を踏まえてのコメントと思うが、実際、これらの作品を聴いていると、内面から湧き出る「力」を感じることができる。飯守氏は、同時に「行動力最強」と言っているが、例えば、この調性で書かれたR.シュトラウスの交響詩《英雄の生涯》は、まさに行動力最強(笑)の作品だろう。

 

 最後に変ニ短調に触れてみたい。この調性はフラット♭が8つ必要で、現実には使用されないが、この調性をドイツ音名で読むと、des-moll(デスモール)となる。つまり、「死(death)の短調」なのである。実際には、シャープ#4つの嬰ハ短調で書かれるが、この調性で書かれた作品で、「死」を想起する作品は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番とマーラーの交響曲第5番だろう。

 

 ベートーヴェンの作品は、何かに憑かれ、どこか浮世離れした感覚が死の意識を想像させられるし、マーラーの作品は、まさに葬送行進曲で開始される「死」の音楽だ。

 

 なお、マーラーの交響曲第9番は、平行調の変二長調(des-dur)で曲を終えるが、マーラーは、ここにersterbend(死ぬように)と記しているのが印象的だ。1985年9月8日、NHKホールでバーンスタインがイスラエルフィルを振った大名演では、作品の終わりには長い長い静寂があって、本当に息が止まるかと思うほどの緊張感だった。このときのバーンスタインの後ろ姿はいまだに忘れられない。

 

(注)「サラサーテVol.38」(㈱せきれい社)から引用させていただきました。