■作曲:1874年(初稿)、1878年(第2稿)、1880年(フィナーレ改作)
■編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット(B♭管)2、ファゴット2、ホルン(F管)4、トランペット(F管)3、トロンボーン3(アルト、テナー、バス)、チューバ1、ティンパニ、弦5部。
■楽章:4つの楽章からなる。
■演奏時間:約75分
■解説
[ブルックナーについて]
アントン・ブルックナーは、1824年にオーストリアの田舎町アンスフェルデンで生まれ、1896年に首都ウィーンで亡くなった作曲家です。傾倒したワーグナーの 11歳後輩、対立したブラームスの9歳先輩という関係にあります。
当時のウィーン音楽界では、伝統的な手法に基づき純粋な音楽のあり方を守ろうとしたブラームス派と、音楽の機能を拡大し、ドラマティックな要素を音楽に持ち込んでいたワーグナー派が鋭く対立していました。ワーグナー派に属したブルックナーは、現在では、後期ロマン派を代表する交響曲作曲家と高く評価されていますが、当時は、若くしてベートーヴェンの後継者としてヨーロッパ中で評価されていたブラームスの後塵を拝し、ハンスリックをはじめとするブラームス派から激しく批判されていました。
そのことを端的に示す出来事が1877年12月に起こります。彼ら二人の交響曲がほとんど期間をおかずして同じウィーンフィルの演奏会で初演されたのです。先に演奏されたのは、ブルックナーの交響曲第3番。作曲者自身の指揮の下、楽章が終わるたびに観客が帰りはじめ、第4楽章が終わった後に平土間に残っていたのはグスタフ・マーラーを含むたった7名という歴史的な大失敗を喫します。
2週間後、ハンス・リヒターの指揮でブラームスの交響曲第2番の初演が行われ、会場は万雷の拍手、第3楽章がアンコールで演奏されるほどの大成功を収めます。この出来事から受けたブルックナーの落胆、敗北感は想像を絶するものであったに違いありません。
ロマンティック交響曲はこの出来事の前、1874年にすでに完成していました。しかし、この出来事の影響もあり、初演にこぎ着けることができず、ブルックナーは、1878年及び1880年に作品自体が大きく変わってしまうほどの大改訂を行うことになるのです。
本日は、作曲者の最終イメージに最も近いと評価されているこの改訂後による版(第2稿)で演奏します。
[ロマンティックとは]
さて、この第4交響曲は、彼の交響曲中、初めて長調で書かれた作品です。流麗で親しみやすい旋律が豊かに盛られ、表題が付いている唯一の作品であることも手伝って、現在ではとても人気の高い作品となっています。
なお、この「ロマンティック」という名称は、当初からブルックナー自身が使っていたものです。
現代の私たちが「ロマンティック」という言葉を聞くと、チャイコフスキーやラフマニノフのような、哀愁漂う、センチメンタルな音楽を想像するかもしれません。しかし、ブルックナーがここで使ったのは、そうしたものとはニュアンスが異なります。ドイツ語の「ロマンティッシュ(Romantisch)」という言葉は、18世紀の文学者のシュレーゲルが、均整がとれた格調高い古典的なラテン語文学(クラシック)に対して、中世の時代、冒険や恋愛を含む騎士物語などの市井の物語が、俗語であったロマンス語で書かれていたことから、こうした要素を持つ文学を「ロマンティッシュ」と表現したと言われています。ブルックナーが元々の意味でこの言葉を使ったのは、彼がこの作品について語った内容から明らかです。
第1楽章 中世の街の夜明け。市門から騎乗の騎士たちが駆け出してくる。彼らは森に分け入り、木々のざわめきや鳥の声を聴く
第2楽章 歌、祈り、夜の情景。
第3楽章 狩りのシーン。トリオでは狩人たちが森の中で食事し、手回しオルガンに合わせてダンスを踊る
第4楽章 盛大な村の祭
聴くに当たって、こうした標題にとらわれすぎる必要はありませんが、この作品には、どの楽章にもどこか中世騎士物語的な雰囲気が漂っていることは確かです。
[ブルックナーの音楽の特徴]
ブルックナーの音楽には、複数の交響曲において共通する書法上の特徴があります。
○ブルックナー開始
原始霧と言われる弦楽器のトレモロで楽曲が始まる手法。この第4番でも冒頭に典型的に使用されています。霧がかかる深い森に訪れる清々しい朝を思わせます。
○ブルックナー休止
突然、オーケストラが休止し、曲想を転換させる手法です。第4番では、特に第4楽章で衝撃的に登場します。
○ブルックナー・リズム
2+3、あるいは3+2の音型。4番では、このリズムが作品全体を支配すると言って過言ではありません。初稿では第1楽第1主題部は5連符で書かれていましたが、全体の構成をシンプルにする過程で演奏しやすいブルックナー・リズムに変更されたと考えられます。
○ブルックナー・ゼクエンツ、ブルックナー・ユニゾン
ひとつの音型を各楽器が同時であったり、ずれたりしながら繰り返し、盛り上げていく手法です。ブルックナー・ユニゾンと言われるオーケストラ全体が同じ音型を奏するクライマックスを築くことも多く見られます。
[各楽章について]
第1楽章 Bewegt, nicht zu schnell(運動的に、しかし速すぎずに) 変ホ長調、2/2拍子、ソナタ形式
「ブルックナー開始」と言われるこの作品の冒頭、弦楽器の弱音のトレモロの中から、ホルンの雄大なテーマが鳴り響く瞬間は何度聴いても本当に素晴らしいものです。この冒頭に関して、ブルックナーは「朝、町の庁舎から一日の始まりを告げるラッパを意図している」と語っています。
この第1主題は、音楽的には極めて重要で、ブロック化された全曲を統合・結合するための基本主題として用いられます。木管とホルンのやり取りを経て第1主題の第2句とも言える、2+3の「ブルックナー・リズム」が反行形を伴って奏され、全合奏による頂点を迎えます。これが沈静化するとホルンによるへ音を共通音として、遠い調性の変ニ長調の第2主題に移行します。ブルックナーは、このヴァイオリンによる特徴的な音型を「四十雀のツィツィペーという鳴き声」と説明していますが、その後の展開を見ると、真の第2主題は、対旋律のヴィオラによるなだらかな音型であることに注意が必要です。ゴツゴツとした「ブルックナー・ゼクエンツ」で高揚すると、「太い対位法」を伴って第3主題が豪放に響き渡ります。
展開部では第1主題の二つの動機が組み合わさってカノンの手法で展開され、次第に切迫し、短調に転調し第1主題第2句が展開されます。やがて第2主題が提示部とはうって変わった厳かな雰囲気で登場すると展開部の終結部です。
再現部冒頭は、フルートの美しいオブリガートを伴ってホルンによる第1主題が穏やかに戻り、各主題を再現した後、この主題がホルンによって強奏される中、楽章が締めくくられます。
第2楽章Andante quasi Allegretto ハ短調、4/4拍子、A-B-A-B-A-Coda のロンド形式
ブルックナーは、この楽章を「歌、祈り、夜の情景」と語っています。弦楽器によるコラールや何度も繰り返されるヴィオラの詠嘆の歌を聴いていると、騎士が亡き勇者たちに祈りを捧げる鎮魂シーンのように感じられます。
音楽的には、ため息のような弦楽器による音型に続き、チェロが嘆きの節を朗々と歌い始めます。この主題は、第1楽章のホルン主題と同じ5度の音程関係にあることから、冒頭ホルンによる基本主題の変奏と理解できます。この物悲しい主題が木管楽器に引き継がれひと段落すると、突如、弦楽器によってコラール(聖歌)が鳴り響きます。「ブルックナー休止」をはさみ、寂しいピッチカートの中、ヴィオラがため息をつくように歌い始めます。後半はクラリネットやフルートの鳥のさえずりが聞こえてきます。
その後、過去の栄光を回顧するような長調の部分など多彩な展開を経て、主要主題が元通りの形で現れますが、最後の主要主題部ではワーグナーのタンホイザー序曲を思わせる大きなクライマックスが形成されます。これが次第に力を失うと、弦楽器のコラールが再び現れ、最後はやはりヴィオラによる嘆きの歌がかすかすに聴こえ、穏やかなハ長調の和音に終結します。
第3楽章Scherzo. Bewegt(動きをもって) - Trio. Nicht zu schnell(速すぎず) 変ロ長調、2/4拍子
ブルックナー自身が語ったように、白馬に乗った騎士が狩りのため、いきおいよく城から駆け出ていく姿を思わせる壮麗な楽章です。音楽的には、A-B-A の3部形式となっています。狩りを彷彿とさせるホルンによる信号ラッパに始まり、弦楽器の壮麗なトレモロの中、金管が一斉に鳴り響きます。中間部のトリオは、ブルックナーが「狩人たちが森の中で食事し、手回しオルガンに合わせてダンスを踊る」と説明しているとおり、木管楽器群が田舎風ののんびりした音楽を展開します。短い間に急速に転調し、それが休止すると、再び冒頭のスケルツォ主部に戻ります。
第4楽章 Finale. Bewegt, nicht zu schnell(動きを持って、速すぎずに)変ホ長調、2/2拍子、ソナタ形式
暗い情念と淡く美しい歌に満ちたこの長大な楽章について、東京藝術大学作曲科の田中弘基氏は、「最後まで揺れ動き続ける長調と短調のせめぎ合い」が特徴であると指摘しました。不穏なチェロ・バスによるドミナントペダルの上に第1主題が暗示されながら序奏が始まり、その中からホルンによるスケルツォ主題が切迫感を持って提示され、不安感を煽りながら威圧的な第1主題になだれ込みます。この第1主題は、「ブルックナー・ユニゾン」及び「ブルックナー・リズム」からなり、さらに、第1楽章の基本主題と同じ5度の音程関係を持っていることが重要です。その後、明るい響きのクライマックスの中、第1楽章の基本主題がホルンによって爆発するように登場します。その後、朗々と歌われる第2主題は、短調の部分と長調の部分からなり、「悲しみ」と「喜び」の中間のロマン 派音楽の極致とも言える表情を見せます。曲想がpppまで落ち込むと、暴力的とも言える6連符による激烈な第3主題が突如として現れます。
展開部では、順番を変えながら各主題を展開します。展開の手法として、3連符や2+3の「ブルックナー・リズム」が最大限活用されています。
豪壮な第1主題から始まる再現部では、もはや暴力的な第3主題は復活せず、美しく淡い第2主題の色合いの中にそのまま長大なコーダに突入していきます。
テンポを大きく落とし、弦楽器群が奏でる神秘的なトレモロを背景に、トロンボーンの3重奏が教会でのコラールのように歌う個所は本当に神秘的で、この作品の白眉とも言える神々しい瞬間です。
最後には、弦楽器のトレモロが嵐のように激しく鳴り響く中、金管楽器が第1楽章の第1主題と第3楽章の音型を組み合わせて高らかに歌い上げます。
しかしながら、田中氏が、「最後まで揺れ動き続ける長調と短調」のせめぎ合いと評したとおり、終結部も、変ホ長調の主和音が荘厳に鳴り響く中、ヴァイオリンが非和声音であるcesを強烈に響かせ、変ホ短調の陰影を刻み込むことによって、複雑な表情の中に全曲を締めくくられるのが大変印象的です。
2019年11月3日演奏会プログラムノートから