第1回公開研究会

「バイロイトへ!ワーグナーの魅力」


講演者:宮川淳吾(日本ワーグナー協会員) 
場 所:前橋市中央公民館ホール
日 時:2016年7月3日(日)午前9時30分~12時

 

フライヤー


講演概要


はじめに

Ⅰ これまでに実演で観たRichard Wagnerの舞台作品

上演機会の極めて少ない初期3作含め全作品を制覇!!

最初のWagner体験は小学校3年生の時の1983年東京二期会による『Siegfried ジークフリート』日本初演@東京文化会館!!字幕もない時代ですが、意外と退屈しなかったです。

最新のワーグナー体験は、今年の6月、新国立劇場での『Lohengrin ローエングリン』。表題役のクラウス・フローリアン・フォークトの歌唱が最高に素晴らしかったです。

『妖精』=1回 『恋愛禁制』=1回 『リエンツィ』=1回

『さまよえるオランダ人』=9回

『タンホイザー』=8回

『ローエングリン』=6回

『トリスタンとイゾルデ』=9回

『ニュルンベルクのマイスタージンガー』=5回

『ニーベルングの指輪』4部作チクルス上演=3回×4作→12回

『ニーベルングの指輪』序夜『ラインの黄金』=6回

『ニーベルングの指輪』第一夜『ワルキューレ』=9回

『ニーベルングの指輪』第二夜『ジークフリート』=8回

『ニーベルングの指輪』第三夜『神々の黄昏』=7回

『パルジファル』=10回  合計92回!!

 

1998年バイロイト音楽祭(Bayreuther Festspiel)と2001年バイロイト音楽祭で『Der Ring des Niebelungen ニーベルングの指環』4部作鑑賞

2005年バイロイト音楽祭で『Der fliegende Hollander オランダ人』『タンホイザーTannhauser und der Sangerkrieg auf Wartburg』『ローエングリン』『Tristan und Isolde トリスタン』『Parsifal パルジファル』鑑賞

2008年ウィーン国立歌劇場で『トリスタン』『パルジファル』鑑賞

他は全て東京・横浜など国内で鑑賞

 

Ⅱ なぜ同じ作品を何度も観るのか?

・指揮者やオーケストラ、歌手によって同じ作品でも全く異なる印象を受けます。

・そして何よりも大きいのが演出の違い。

 ワーグナー『ローエングリン』第1幕第1場のト書き(舞台の指示)を読んでどんな舞台を想像しますか???

Eine Aue am Ufer der Schelde bei Antwerpen.

Konig Heinrich,sachsische und thuringische Grafen,Edel und Reisige,welche

des Konigs Heerbann bilden.

Die brabantischen Grafen und Edlen,Reisige und Volk,an ihrer Spitze

Friedrich von Telramund,zu dessen Seite Ortrud.

Mannen und Knechte.

Der Heerrufer des Konig und vier Heerhornblaser.

 

10世紀初めのアントヴェルペン近郊シェルデ河畔の草原。

ハインリヒ王、その傍らにはまずザクセンとテューリンゲンの伯爵(方伯)たち、貴族たち、騎兵たちが並んでいる。これと反対側にはブラバントの伯爵、貴族、騎兵、人民が並ぶ。その先頭にはフリードリヒ・フォン・テルラムント、その傍らには妻のオルトルートがいる。下僕や兵たちが背景を埋めている。王の軍令使と4人の角笛吹奏。

 

*バレンボイム指揮の国内盤CD解説より(訳:渡辺 護) *一部改編

*ドイツ語原文のウムラウトは省略

映像1:ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の公演(A.エファーディング演出)

映像2:バルセロナ・リセオ劇場の公演(P.コンヴィチュニー演出)

 

Ⅲ 世界史上のワグネリアン(熱狂的なワーグナー愛好家)

バイエルン国王ルートヴィヒ2世…資金援助

→ワーグナー作品のみ上演するバイロイト祝祭劇場(バイロイト音楽祭)

アントン・ブルックナー…オーストリアの作曲家

リヒャルト・シュトラウス…ドイツの作曲家

クロード・ドビュッシー…フランスの作曲家(印象派)→後にアンチへ

アドルフ・ヒトラー

シャルル・ボードレール…「フランス近代詩の父」 詩集『悪の華』

オーギュスト・ルノアール…フランス印象派の画家

『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』

トーマス・マン…ドイツの作家 『リヒャルト・ワーグナーの苦悩』

フリードリヒ・ニーチェ…ドイツの哲学者→後にアンチへ

バーナード・ショウ…アイルランド出身の劇作家 フェビアン協会

小泉純一郎元内閣総理大臣

 

 

ワーグナーの生涯と歴史

Ⅰ 生誕=1813年5月22日 ライプツィヒ

1813Leipzigとくれば、これはもうナポレオンがイギリスを中心とした第4回対仏大同盟軍に敗れたライプツィヒの戦い=諸国民戦争ですね。

フランス革命によって民衆が自覚するようになった自由・平等・博愛などの精神とそれをヨーロッパに拡散させたナポレオンが失脚し、ヨーロッパ界は保守反動のウィーン体制下に入ります。つまり、ワーグナーは、多感な少年期から壮年期を、保守反動のウィーン体制時代に生きたことになります。先人たちの影響を受けながら新しい音楽表現を追い求めていたワーグナーにとって、保守反動の時代とそれに反発する民衆のエネルギーが衝突する時代は、果たして生きやすかったのでしょうか、生きにくかったのでしょうか???

 

Ⅱ 失脚・逃亡・指名手配・亡命=1849年5月 ドレスデン

紆余曲折はあったものの、3作目の大作『Rienzi,der Letzte der Tribunen リエンツィ、最後の護民官』がDresden ドレスデンで初演され成功をおさめたワーグナーは、1843年にザクセン宮廷歌劇場の楽長に就任しました。宮廷楽長就任後初演した『さまよえるオランダ人』と『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』は大成功とはいえませんでしたが、宮廷楽長として安定した生活を手に入れることができました。

しかし、1848年フランス二月革命を契機に保守反動のウィーン体制は崩壊、ヨーロッパ各地に革命と民族主義運動の嵐が吹き荒れる「諸国民の春」を迎えました。その嵐は、ワーグナーが宮廷楽長を務めるザクセンにも及び、ドレスデン五月革命が発生しました。宮廷楽長という立場にありながら、何とワーグナーはこの革命に参加しました。もっとも、ワーグナーの考える革命とは、王を戴く共和制の樹立という極めておかしなものであり、ワーグナーの政治センスはかなり怪しいといえるでしょう。いずれにしろ、宮廷楽長という身分にありながら革命に関わってしまったワーグナーは、もはやザクセンに滞在することは許されません。亡命生活を余儀なくされたわけです。

 

Ⅲ 出会い=1852年2月 チューリヒ

本来であれば辛い亡命生活。そんな困難な状況もしっかり作曲活動に昇華させるのが天才芸術家なのでしょう。スイスのチューリヒで出会ったMathilde Wesendonk マチルデ・ウェーゼンドンク夫人との関係です。詳細は省略しますが、この道ならぬ不倫の恋が、多くのワグネリアンが最高傑作と評する『トリスタンとイゾルデ』を生み出したのです。

 

Ⅳ 奇跡=1863年 ミュンヘン

多くの女性達との逢瀬を芸術活動のエネルギーとしてきたワーグナーですが、一人の男性との出会いがワーグナーの芸術活動を大きく変えることになります。バイエルン国王ルートヴィヒ2世184586)との出会いです。過去にもロマンティッシュな王が多いヴィッテルスバッハ家を王家とするバイエルン王国ですが、その中でもピカイチの存在がこのルートヴィヒ2世でしょう。

15歳時に体験した『ローエングリン』ですっかりワーグナーに魅せられた若き王が最初に出した命令が、「(亡命中の)ワーグナーを探してここに連れてこい」と言われており、実際にワーグナーは若き王の前に連れて行かれたのですが、そこで臣下の礼をとったのは王だったと言われています。

ルートヴィヒ2世との出会いにより、ドレスデン時代から構想を抱き、実際に途中まで作曲を進めていた、上演に4晩を要する畢生の大作『ニーベルングの指環』を専用劇場で上演するという夢が、実現することになったのです。

因みにルートヴィヒ2世は、後年、ノイシュヴァンシュタイン城など城建設にも没頭し、文化支出で国家財政を圧迫させ、王を強制退位させられた挙げ句、シュタルンベルク湖で謎の死を遂げました。ルートヴィヒ2世はワーグナーや城建設に熱中した「狂王」というイメージがあまりにも強いようですが、時はあたかも鉄血宰相ビスマルク率いるプロイセンが武力でドイツ統一を推し進めていた時期にあり、難しい政治状況を絶妙の政治バランスで乗り切った王、という肯定的な評価も出てきています。今後の歴史研究に注目です。

 

Ⅴ 絶頂=1876年8月 バイロイト

1876年8月、『ニーベルングの指環』を上演することを目的に建設されたBayreuther Festspielhaus バイロイト祝祭劇場で第1回バイロイト音楽祭が開催され、多くの音楽家、文化関係者、王・公、大物政治家が列席する中、『ニーベルングの指環』全4部作が世界初演されました。

前述のように、プロイセンを中心に進められたドイツ統一は、1871年現実のものとなり、ワーグナーは新生ドイツを代表する大作曲家となった瞬間でした。

 

Ⅵ 死=1883年2月13日 ヴェネツィア

1882年に第2回バイロイト音楽祭を開催し『パルジファル』を初演したワーグナーは、その半年後、ヴェネツィア滞在中に心筋梗塞で逝去した。行年69

 

ワーグナーの音楽の魅力

Ⅰ 禁欲的な楽器使用

もしかすると一般的なイメージとは逆かもしれません。多くの人が『ワルキューレの騎行』や『マイスタージンガー』前奏曲など、威勢のいい音楽を連想するせいか、【ワーグナー=音量のでかい音楽】というイメージを持っているようですが、もちろんそういう側面もありますが、むしろワーグナー音楽は、禁欲的なまでの楽器使用と弱音にこそ魅力があると考えています。

例えば打楽器の使用。多くの作品がティンパニーのみで、シンバルやトライアングルなどの使用は最小限に抑えられています。ハープなども同様。だからこそ、こうした楽器が使用された時の効果は絶大です。

『トリスタンとイゾルデ』を例に見てみましょう。まずは打楽器。4時間近くかかる同作品でティンパニー以外の打楽器が使用されるのは1幕の最後のみ、時間にすると3分程度でしょうか。そのあまりにも賑々しい響きがやはり強烈な印象を与えます。この作品内で、主人公2人によってたびたび昼の欺瞞・陳腐さが歌われますが、トライアングルとシンバルのノイジーな響きが効果を倍加させます。

一方のハープですが、究極の愛を扱った同作品、いかにもハープを多用しそうなイメージがありますが、最初に登場するのがこちらも1幕の最後、主人公2人が媚薬を飲む最初のクライマックスにおいてです。こちらも効果絶大!!

本日演奏する『ジークフリート牧歌』は、こうしたワーグナーの禁欲的楽器法、弱音の魅力、懐かしい響きなどの音楽的特徴が凝縮された作品と言えます。本来、管楽器8人に弦楽五分を1人で担当すれば合計13人という編成になります。『ニーベルングの指環』3作目『ジークフリート』3幕の音楽を中心に構成された作品で、バイロイトで『ラインの黄金』、『ワルキューレ』と鑑賞し、『ジークフリート』3幕の大詰めでこの『ジークフリート牧歌』のテーマが出てきた時の何とも言えない感情が非常に印象的です。まだもう一晩、長大な『神々の黄昏』が残っているのですが、“ああ、これで『リング』も終わりだな、バイロイトともお別れだな……”と、妙にセンチメンタルになったのでした。

 

Ⅱ 合唱

 いわゆるオペラにおいて、合唱の迫力あるサウンドというのは大きな魅力の一つです。実際、ワーグナーも初期の作品では合唱を多用しており、特に『タンホイザー』と『ローエングリン』のそれぞれ2幕最後の合唱と全ソリストによる大アンサンブルは実に感動的ですし、『さまよえるオランダ人』3幕のオランダ船の水夫達(幽霊)とノルウェー船の水夫達の合唱の応酬はなかなかの迫力です。

しかし、後期の作品になると、Ⅰで扱った楽器などと同様、合唱の使用が最低限になってきます。特に上演に4晩を要する畢生の大作『ニーベルングの指環』における合唱は、4作目『Gotterdammerung 神々の黄昏』2幕と3幕、本当に僅か登場するだけです。しかしこれもかなり効果的で、神々の世界や巨人族の世界から、人間の世界、特に国家や巨大な社会へと移行したことを連想させる男声合唱の強圧的な響きは、素晴らしい舞台演出の上演だと舞台効果も相まって本当に強烈な衝撃を受けます。

 

Ⅲ Leitmotiv ライトモティーフ

日本語では「示導動機」などと訳される、物や人物、登場人物の感情、事象など、様々なものを表しているメロディーや音楽断片のことです。世界中の多くの研究家が様々な分析を行っており、ライトモティーフの種類も多いので全部覚える必要はないですし、無理ですが、重要なライトモティーフをいくつか知っているだけで途端に聴きやすくなるのは事実です。

また、ライトモティーフは実に多義的で、一般的に言われているものに固執せずに聴いた方が、深みが増すと思います。

例えば、『ローエングリン』の中で最も重要な「禁問の動機」(譜例1)。これは、1幕でローエングリンがエルザに対して氏素性を聞いてはならぬ、と約束させる場面で流れるテーマなので「禁問の動機」とされていますが、2幕になるとエルザに疑いを持つように仕向ける「オルトルートの動機」とも言えるようになりますし、3幕ではローエングリンに対して氏素性を聞かずにはいられない「エルザの動機」とも言えるようになります。

(譜例1)省略

 

 もう1つ、ライトモティーフを知っていると作品理解が深まる事例を紹介します。『ニーベルングの指環』1作目『Das Rheingold ラインの黄金』に登場する「契約の動機」と称されるライトモティーフ(譜例2a)です。同作品第4場で、巨人族兄弟が人質にしていた美と若さの神フライアを連れて神々の世界へ戻ってきた際、兄のファゾルトが、「約束通り(契約通り)、人質(フライア)には手を付けなかった」と歌っているバックでホルンがフォルテで吹くのが「契約の動機」の反行形なのです(譜例2b)。これが何を意味するのかはあえてここでは書きませんが、ライトモティーフは言葉では語られない事実をあぶり出すのです。

 

 

Ⅳ 台本+作曲(+演出家)

ワーグナー以外の多くの作曲家のオペラは、基本的に専門の台本作家が台本を作成し、その台本に沿って作曲家が音楽を付けていく、協同作業で作品が作られていきます。例えば、モーツァルトとロレンツォ・ダ・ポンテ(『フィガロの結婚』『ドン・ジョバンニ』『コジ』)、ヴェルディと自身も作曲家としても有名なアリゴ・ボイド(『オテロ』『ファルスタッフ』)、リヒャルト・シュトラウスとホフマンスタール(『エレクトラ』『ばらの騎士』『ナクソス島のアリアドネ』など)がとりわけ有名です。

しかし、ワーグナーは違います。ワーグナーは作曲するだけでなく、台本も自身で作成したのです。リヒャルト・シュトラウスとホフマンスタール間には、作品を作り上げるために2人がやりとりした膨大な量の書簡が残されていますが、ワーグナーに関しては一人で音楽も台本も作成しますので、そういった作業は必要ありませんし、リヒャルト・シュトラウスがオペラ『カプリッチョ』で題材にしたような「音楽と詩(言葉)のどちらが重要か」ということもワーグナーについては問題になりません。DVDやBRなどの普及で映像からワーグナーに入っていく人も多いかと思います。確かに日本語訳が画面に出ますので非常に楽なのですが、歌詞対訳をしっかり見ながらCDを聴くことを強くお薦めします。ワーグナーが歌詞や台本に込めた思いがより強く感じられるはずです。

 

ワーグナーは、初期作品、具体的には『タンホイザー』までの全ての作品の初演で自ら指揮をしました。また、『ニーベルングの指環』の台本などを読むと、本当に事細かに舞台の指示を書いていることがわかります。なかにはどう考えても実現不可能な指示もあります(例えば『神々の黄昏』の最後は舞台では絶対に無理です)が、現代の技術、特に映画産業に進出すれば、ワーグナーは間違いなく映画界の大御所になったはずです。生まれる時代が早すぎたのか……

いずれにしろ、ワーグナーのマルチぶりは本当に凄まじいものがあります。台本作成、作曲、指揮者、演出家、上演の全てに関わっていたのです。また、文筆家や評論家、哲学者などの才能も、後述するように問題あるものも多々ありますが、優れていたと言うべきでしょう。まさに19世紀ドイツの万能の天才だと思います。

 

Ⅴ バイロイト祝祭劇場

モーツァルト、ヴェルディ、プッチーニなどなど、素晴らしいオペラを作曲した音楽家はワーグナー以外にもたくさんいます。しかし、自作専用の劇場を建設してしまった作曲家は、ワーグナーだけでしょうね。

バイエルン州の中都市バイロイトの丘の上に聳え立つ、バイロイト祝祭劇場です。その簡素な作りと緑に囲まれた環境、素晴らしい音響効果、いくら褒めても褒め足りない、本当に奇跡の劇場です。第2次世界大戦時の空襲からも奇跡的に逃れた当劇場で、3年間で合計13公演を体験しました。その全てが最高の上演とは言えませんが(特に歌手は全体的にやや弱いと感じました)、オーケストラと合唱は最高ですし、何より劇場のサウンドが筆舌に尽くしがたいものでした。

 

Bayreuther Festspielhaus バイロイト祝祭劇場の外観(筆者撮影)

 

バイロイト祝祭劇場の一番の特徴は、オーケストラピットの上に舞台が被さるように形になっており、客席からはオーケストラピットが全く見えない、ということです。指揮者は当然舞台上の歌手にタイミングを指示しなければなりませんのでオーケストラピットが完全に蓋がされているわけではないのですが、それでも音量はかなり減じられます。その僅かな隙間から舞台上へ向かったオケのサウンドが舞台奥の壁に反射してから客席に届くという、実に不可思議で魅力的なサウンドになります。『リング』の巨大な楽器編成は、こうした劇場の特性を考えてのものなのですね。

 

Bayreuther Festspielhaus バイロイト祝祭劇場のオーケストラピット

 

ピットの中は階段状になっており、金管楽器や打楽器はかなり低い場所から演奏することになります。実際にバイロイトを訪問する前から、CDなどで聴くバイロイトの金管楽器のサウンドが非常に特徴的だと思っていたのですが、こうした劇場構造の関係なのですね。

それから、CDでバイロイトの録音を聴く時に注目してください。第一ヴァイオリンが右から聞こえてくるはずです。これもバイロイトの特徴です。

劇場全体が木造のバイロイト祝祭劇場では、ティンパニーが強打すると足下の床が振動します。これには本当に驚きました。

 

ワーグナーの反ユダヤ主義

Ⅰ ワーグナーは本当に反ユダヤ主義者なのか?

1850年、ワーグナーは変名(K.Freigedanke Frei=自由 Gedanke=思想)で論文『音楽におけるユダヤ性』を発表しました。同論文内で、ワーグナーはフランス・グランド・オペラでパリ音楽界を席巻していたユダヤ人作曲家ジャコモ・マイヤーベーアとプロテスタンに改宗したドイツの作曲家フェリクス・メンデルスゾーンを徹底的に批判しました。

しかし、この論文の内容やワーグナーの反ユダヤ的性向については疑問が多いです。この論文発表から30年以上後にバイロイト音楽祭で初演したワーグナー最後の作品『パルジファル』の指揮を担当したのはユダヤ人指揮者ヘルマン・レヴィでしたし、ワーグナーには他にも多くのユダヤ人の友人がいました。

そもそも、『音楽におけるユダヤ性』で徹底的に批判された2人の作曲家についても、ワーグナーの一時的な被害妄想から書かれたものである疑いが強いようです。フランスでの成功を夢見たワーグナーに対してマイヤーベーアは積極的に援助しましたが、ワーグナーはパリで成功することができず、自らの才能に異常なほど自信を持つワーグナーはそれをマイヤーベーアの妨害によるものと思い込み、マイヤーベーアを一方的に恨みました。また、裕福な銀行家に生まれ、早くからドイツ楽壇の注目を浴びていたメンデルスゾーンに対しては完全に嫉妬だと思われます。異常な消費癖を持ち、常に負債を抱え、時には夜逃げまで敢行したワーグナーにとって、裕福なメンデルゾーンは眩しく見えたことでしょう。また、なかなか自分の作品が評価されないワーグナーにとって、楽壇から喝采を受けている早熟の天才メンデルスゾーンはさぞかし羨ましかったことでしょう。

因みに、『音楽におけるユダヤ性』の結びは、“されど心得よ、汝らに重くのしかかる呪いから解き放たれる道はただ一つのみ、と!さまよえるユダヤ人の解放とは――亡びゆくことなり!”です。

 

Ⅱ アドルフ・ヒトラーとワーグナー

アドルフ・ヒトラーは、若い頃オーストリアのリンツ歌劇場で体験したワーグナー作曲『ローエングリン』に大いに感激し、ワグネリアンとなったと言われています。ワーグナー家との関わりも深く、政権獲得後は毎夏バイロイトを訪問し、バイロイトの街はナチスの夏の臨時首府と称されたほどでした。現在のようにバイロイト音楽祭が毎年開催されるようになったのも、ヒトラーの援助を受けるようになってからです(以前は2年開催1年休み)。

ナチスの党大会後には必ずワーグナーの長大な作品が上演され、悪名高いニュルンベルク法を制定した党大会後には、ウィーン国立歌劇場の舞台装置や歌手、オーケストラなどがニュルンベルクまで呼ばれ、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が上演されました。

 

Ⅲ イスラエルとワーグナー

 ⅠとⅡで指摘した経過から、

ワーグナー=反ユダヤ主義者

ワーグナー=ヒトラーがこよなく愛した作曲家

という図式が残念ながら成立してしまいました。そのため、1948年の建国以来現在まで、ユダヤ人国家イスラエルではワーグナーを公の場で演奏することが禁じられてきました(正確には法的に禁止ではなくタブー)。そんな中、イスラエル国籍を持つユダヤ人指揮者ダニエル・バレンボイムが、イスラエルでワーグナーを演奏し大きな話題となりました。

映像3:2001年7月バレンボイムがイスラエルでワーグナーを演奏したことを伝えるNHKニュース

 

Ⅳ この事件後

 この事件後も、イスラエルでワーグナーが演奏されたことはないようです。逆に、イスラエルの室内オーケストラが、生誕200年を記念する2013年のバイロイト音楽祭に記念行事に招待された際、本日演奏するワーグナー『ジークフリート牧歌』を演奏したことが話題になりました(会場は祝祭劇場ではありません)。しかし、この時もオーケストラの帰国を拒否すべき、との意見がかなり出たようです。

 

最後に

 DVDやBR、CDなどで体験するワーグナーもいいですが、是非、実演に接していただきたいと思います。以前に比べると、日本でもワーグナーはかなり頻繁に上演されていますし、上演団体も相当気合いが入るようで、かなりハイレベルの上演に接することができます。

 

2016年9月  東京二期会 『トリスタンとイゾルデ』

201610月 新国立劇場 『ワルキューレ』

201611月 ウィーン国立歌劇場来日公演 『ワルキューレ』

2017年6月  新国立劇場 『ジークフリート』

2017年    バイエルン州立歌劇場来日公演 『タンホイザー』

2017年?   新国立劇場 『神々の黄昏』

 

 舞台上演だけでもこれだけ予定されています。演奏会形式も含めればもっとあります。

 また、滋賀のびわこホールで、新しい『ニーベルングの指環』を制作することも発表されています。指揮が沼尻竜典、演出がミヒャエル・ハンペとのことです。見に行きたい…

 

 

(注)本稿は配布資料を整理したもので、実際の講演内容とは若干異なります。

参加者の感想


第1部「バイロイトへ!ワーグナーの魅力」

1. ワーグナーにはあまり興味はなかったのですが、ロマン派が好きになりました。

2. 歴史とワーグナーのお話がよくわかり良かったです。

3. 知らないことばかりで楽しめた。映像なども使って分かりやすい。

4. ワーグナーの生きた時代、おいたちがよくわかった。

5. ワーグナーの生きた時代背景がよくわかった。

6. 新しい魅力を発見しました。声が大きくてよかった。

7. ワーグナーオペラ92回とは!おそれいりました。バイロイト音楽祭の魅力の一端に触れられ、面白かったです。

8. 面白く聴けました。続編を期待します。コンヴィチュニーの「ローエングリン」の冒頭、どうして「学級崩壊」なのかが聞きたかったです(笑)。

9. 話が聞きやすく、ワーグナーに関する知識がほとんどなくても概要が分かり、楽しめました。

10. ワーグナーについてたくさんのことを知りました。わかりやすかったです。二つのメロディが重なり合い、二つの思いを伝えていることなどは、難しいと思いました。聞き取るのは。

11. オタクらしい講師の醍醐味を語る楽しさが伝わってきて、とても面白かった。

 

第2部「ワーグナー/ジークフリート牧歌」

1. 和やかなリハーサル

2. 日曜日の朝、生のオーケストラ演奏、しかも、解説付きでとても幸せな一時を過ごせました。ありがとうございます。

3. オケのリハーサルの様子がよくわかった。通しの演奏会、目の前で聴け楽しかった。

4. オーケストラのリハーサルの状況がよく分かって興味深かった。指揮者の解説も良かった。

5. にぎやかなのがワーグナーと考えていたが、良い音楽を聴きました。ブラーボ!!

6. 若い才能に触発されました。

7. 冒頭の15分くらいしか聴けなかったのですが、大変興味深かったです。リハーサルというより、作品解説ですね。最後まで聴きたかったです。

8. 指揮者の湯川さんの話が上手で、聴きやすく、メンバーの演奏のレベルも高く、貴重な練習風景を見ることができました。

9. 指揮者の熱意を感じることができました。演奏者の皆さんの真剣な姿勢も良かったです。

10. 若い指揮者の情熱が伝わってきました。奏者が皆、真剣に曲を創ろうとしていた。男性奏者が股を広げて、マナーが悪いのが気になった。